熊鈴日記

はじめたばかりの狩猟のことをメインに、山で生きるさまざまなこと

山の生け花

今日は、久しぶりに大きな花の生け込みをした。
月見花の依頼で、屋外の半円ステージにススキをめぐらし、豪華な生け花を一点飾った。
月見ライブでの舞台装飾としてこれまで2度頼まれたけれど、初めは華美に、2度目は伝統的に、なんとかした。
今回の依頼は昨日いきなりきたので何も考えてはいなかったけれど、最初の発想は一瞬で思い浮かんだ。
そうせざるを得ない状況であった…というのが正しいのかも知れないけれど。

「今回は花屋の花を使わず、野の花でもてなす。お客さんはどこでも見られる物を見たいのではなく、ここだからこその物が見たいはずだ。そして、お金をかけなくても良い物ができる場合は努力する。あるもので工夫する」


問題は、全く準備がない故、誂えることができる器やディスプレイが何もないことだった。
花瓶も水盤もない。悩みになやんでいたら「一輪車に大きな竹似草を生けて、牛車に乗せられて月に帰るかぐや姫にしたら?」という案をくれた人がいた。
「現代美術みたいでイヤ!」と始めは罵ったものの、そこに土を盛って土地の花を植え込んだら面白いと思いつき、採用することにした。生け花ならぬ植え花か…いつだって挑戦があるよな、芸術は。

「今年は野生だ。山の命を生ける」
そうと決めて、朝から六合へ花材収集に向かった。
まず、実家の庭先で群生している自生のセリの花を抜いて、野性の孔雀草も抜いた。
セリは見事だった。写真を撮ってくれば良かったな。朝露に濡れて、白いレース模様のような花がかわいらしかった。輝いていた。

暮坂峠へ移動し、お目当ての竹似草を掘ろうとしたところ…スコップが曲がってしまった。負けました。これだけは仕方なく根本を切って持ち帰った。
道々にとてもきれいなサラシナショウマが咲いていて、とろうかどうか迷ったが、レッドリストに入っていたような気もしてなかなか手が出なかった。携帯の電波が通じるところまで降りて調べたところ、群馬はセーフ。そうよね、こんな道路端にたくさんあるのだもの。でも、いただくのは一株だけにした。

花を切らないことによって、むやみに殺さず作品にできる!そういう考えもどこかにあったのだろうが、多分それは人間の勝手なエゴ。
ふだん山菜を採るときは、株ごと根こそぎにしない。それは来年もその恵みを絶やさないようにするためで、いつも新芽だけもらったり、脇芽からまた成長するように先端の芽だけをもらったりしていた。日頃の所作からは掛け離れた行為に及んでいることで気後れもあったが、ひたすら山に手を合わせながら花を取った。
「私はここの花の美しさをみんなにみてもらいたい。山の神様、お許し下さい」

車にいっぱいの草花を摘んだ頃には、もう作品のスケッチが頭の中に組み上がっていた。

タケニグサが月夜にライトアップされれば、繊細なかぐや姫の姿になるだろう。足下には笹を盛り、竹取物語のイメージを膨らませる。萩をかすませて、夜のもやに吸い込まれていく儚さをだしたり、ミズヒキをたなびかせて牛車が天空に昇る様を表現しよう…などと趣向を凝らしたものの、できあがったのは作者の武骨さや野性味が存分にでた花になってしまった。恐ろしく元気なかぐや姫になってしまった。
断言するけれども、こういうものには絶対に作者の性格が出る。

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花材
・タケニグサ
サラシナショウマ
・アキノキリンソウ
・ヤクシソウ
・セリ
シュウメイギク
クジャクソウ
・ミズヒキ
・ハギ
・クマザサ

(c) bearbell 2013